歌詞に登場する3つの植物を調べてみました。これらはキーワードとなっていて、そこからどのような意味を汲み取るか、結びつけるかによって歌詞全体の深みも変わっていくと思います。
(お断り)植物の分類や歴史は難しく、学者にも諸説あるようです。
*
@ ナナカマド рябина (リャビーナ)
赤色に紅葉する落葉樹。花は白く、赤い小さな実を鈴なりにつけます。日本でも特に東北地方や北海道で街路樹によく使われています。
植物分類上、日本語では、日本自生種を"ナナカマド"(英語名 Japanese Rowan)で、ロシアやヨーロッパのを"セイヨウナナカマド"(英語名 Rowan)と呼びますが、どちらも同じナナカマド属なので外見は大差ないと思います。ただし、実について日本のナナカマドは不知ですが、セイヨウナナカマドの実(rowan berry)はジャムやゼリーにし、独特の苦味や酸味ゆえに鹿肉など狩猟物の肉の付け合わせにするそうです。
ナナカマドの日本語名の由来
通説の「七回(台所の)かまどで燃やしても残るほど堅い木」は誤りで、「じっくり七日間、炭焼きのかまどで蒸し焼きにして炭化させると、火力が強くて持ちのよい良質の炭にできる」が正しいらしく、実際、切って時間をおいたもの(薪)はよく燃えるそうです。先人が街路樹に選ぶくらいですから、生木の状態では燃えにくく、伐採してよく乾かせば良質の薪や炭となる、重宝する木のようです。
セイヨウナナカマドの英語名Rowanの由来
魔除けを意味する北欧の言葉Runaであり、"火除けの木"や"落雷除けの木"、"水難除けの木"とされます。もう一つの英名Mountain ashは、近縁ではないけれど一見、トネリコ(ash tree)の葉と似ていて、より高所に自生していることからきているそうです。もしかしたら、街路樹として計画的に植えられたナナカマドの並びに、鳥などのフンからトネリコ(田舎者)が勝手に生えてきたものの、似ているので気づかれずにそのままナナカマド(都会人)のふりをして生きている、そんな意味も歌詞は含んでいるのかもしれません。
ロシアの歌や詩などによく登場するナナカマド
日本で馴染みのある曲では、"ТОНКАЯ РЯБИНА"(トーンカヤ リャビーナ)。直訳では"細いナナカマド"ですが、"小さいグミの木"と訳されています。川を挟んで2本の木が立っている情景、しなやかな枝が風にそよいでいるナナカマドを女性、大木で力強いオーク(樫や楢)を男性に例え、会いに行けない状況を嘆く女性の気持ちの歌です。
同様に、"УРАЛЬСКАЯ РЯБИНУШКА"(ウラーリスカヤ リャビーヌシカ)も直訳では"ウラルのナナカマド"ですが、歌集には"ウラルのグミの木"と載っています。日本語的には"ナナカマド"より"グミ"のほうが語呂や語調がよいので敢えて誤訳したのでしょう。反対にグミはロシア語でдикая маслина(ディーカヤ マスリーナ 野生の オリーブ)と二語ですから、詩にしにくい植物なのかもしれません。(注)РЯБИНУШКАは、РЯБИНАの指小形。
*
A オーク дуб (ドゥプ)
ヨーロッパオーク(ヨーロッパナラ)をはじめ多くの種類があり、日本では常緑樹を樫、落葉樹を楢と区分するのが一般的ですが、ヨーロッパではそれらをまとめてオークと総称し、ほとんどが落葉樹とのことです。
加工しやすく木目も美しいことから家具や床材、酒樽などに広く使われます。虎斑(とらふ)と呼ばれる虎の斑紋を連想させる模様が現れることも特徴です。
大木で堂々とした姿からそのような男性に例えられる一方で、口語では、"でくのぼう"を意味します。漢字では、"木偶の坊"と書き、木偶は木彫りの人形のこと。
余談ですが、дубの他の意味は(ドン川やドニエプル川の)大型木造船で、дубинаは丸太や棍棒の意味です。不器用な誰かさんのイメージ通りでしょうか?
*
B トネリコ ясень (ヤーセニ)
これも生物学分類上の話はややこしくて、日本に自生するものはトネリコ、ヨーロッパのはセイヨウトネリコ。歌詞に出てくるのは当然セイヨウトネリコですね。昨今の日本で観葉植物として人気のあるトネリコは、セイヨウトネリコやシマトネリコです。
トネリコ種は成長が早く回復力もあり、弾力性があって衝撃に強いのが特徴。生木でもよく燃えるので優秀な薪であり、材木としても用途の広い材木で、弓、ハンマーの柄の持ち手、バッド、テニスラケット、杖、罠籠、初期の飛行機のフレームにも使われたそうです。
種は薄くて細長い涙型なので、ひらひらと舞いながら落ちていきます。
トネリコの日本語名の由来
漢字は"秦皮"と書きます。樹皮に付着しているイボタロウムシが分泌する蝋物質を、敷居の溝に塗って滑りをよくするため、「戸に塗る木」から来たそうです。
セイヨウトネリコの英語名ashの由来
調べてみましたが明確な記述を見つけるには至りませんでした。ですが、英和辞典のashの項に、@燃え殻、(火事の後の)灰、A灰塵(かいじん)、B遺骨、亡骸、Cトネリコ、とありますので、『よく燃える』木の代表格なのかもしれません。
因みに、モスクワ地方は元来、貧相な土地でそのままでは大きな木も作物もできなかったのですが、人間が長い年月をかけて耕し、時には火事や戦火(ナポレオン侵攻時、5日間の焦土戦術で3分の2が灰塵と帰した)で生じた灰を鋤き込んで次第に肥沃にしていったという話がありますので、歌詞には、トネリコもそうやってモスクワの成長に貢献してきたという自負が含まれているのかもしれません。ただし、ロシア語で灰や燃え殻はпепелやзолаですので、トネリコのясеньとは無関係のようですね。
余談 ヤースナヤ・ポリャーナ Ясная Поляна (ヤースナヤ パリャーナ)
ロシア文学愛好家の方には馴染みの深い土地で、モスクワの南方約190qにあります。作家レフ・トルストイが母方の領地であるここで生まれ、生涯を送り、埋葬され、現在は博物館となっています。意味は、『明るい(ясная)林間の草地(поляна)』ですが、元々はヤーセンナヤ パリャーナ 『トネリコの(ясенная)林間の草地(поляна)』で、次第になまって、ヤースナヤ パリャーナ と変わり、明るい(ясная)という単語があてられたらしいです。なお、日本語での地名表示では、ヤースナヤ・ポリャーナが一般的です。
*
余談
C ポプラ тополъ (トーポリ)
ロシアの街路樹と言えばポプラも一般的です。第二次世界大戦後、耐寒性があり、成長が早く繁殖力も強いことから、緑化のために積極的に植えられました。初夏に綿毛にくるまれた実が町中に舞い散り、そこここに降り積もり、その様子は詩にも詠われますが、厄介なことに家の中にも入り込み、アレルギー問題も起きているらしく、寿命がきたものから異なる種類の樹木に替えられる例も多いとか。
*
参考資料
・Wikipedia
・森のかけら (株)大五木材
・「観葉植物生産者」のブログ (有)下川植物園
・コトバンク 朝日新聞社
・Botanic Journal ー植物誌ー 葛西 愛