翡翠の歌

1、日本でもなじみ深いロシアの絵本『おおきなかぶ』




日本では、1918年発行の児童雑誌『幼年の友』(実業之日本社)以降、戦後からは数社の国語教科書に掲載されている『おおきなかぶ』。ヨーロッパでも絵本などになっていますが、日本ほど受け入れられている国は珍しい一方で、これをロシア民話と知っている日本人は多くないようです。


本来、ロシアでの題名 "репка"(レープカ)は、"かぶ"を表す"репа"(レーパ)の指小形ですから、直訳するなら『かぶらちゃん』や『こかぶちゃん』とでもなるのですが、すでに英語圏で"The Giant Turnip"( 『巨大なかぶ』)などと訳されていたため、『おおきなかぶ』となったようです。


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元々はロシア各地、そしてフィンランドやラトビアなどにも伝わる民話で、それを再構成した(再話と呼ぶ)複数のロシア人作者によって、細部の内容(特に、最後に加わった者)が異なります。


主役は、大勢で葉(茎)を引っ張ってもなかなか抜けない大きな"かぶ"。描かれたその色は、日本人作者による絵本では白色がほとんどで、ロシア人作者では薄い黄色が多いですが、白色もあります。もっとも、昔はモノクロ印刷でしたので、日本でもロシアでも白色で表されていました。


ロシア語では全文を通して言葉の持つリズムを重視しており、"репка"(レープカ)を引っ張る人や動物は次のように韻を踏んで登場し、心地よいテンポをうみだしています。


<再話の一例>

дедка → бабка → внучка → Жучка → кошка →  мышка

ヂェートカ → バープカ → ブヌーチカ → ジューチカ → コーシカ → ミーシカ

おじいさん → おばあさん → まごむすめ → ジューチカ(犬の名前) → ねこ → ねずみ


 ←1982年発行のソビエト時代の絵本



↑韻を踏んだ単語が繰り返されています


  ←"かぶ"は黄色ですね


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日本語でも繰り返し言葉が多用され、特に、「うんとこしょ、どっこいしょ」という調子のよい掛け声(内田莉莎子の訳)が有名で、幼稚園などでの児童劇に採用され、ますます国中に広まりました。



↑『おおきなかぶ』 内田莉莎子再話 佐藤忠良画 福音館書店 1962年発行


 ←"かぶ"は白色ですね


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しかし1980年代に与党自民党が「個々は微力でも大勢が協力して大事を成し遂げる」という内容は、革命礼賛、労働者や民衆の団結、弱者でも協力すれば権力を倒せるという、彼らの嫌悪する社会主義臭、共産主義臭がするとして、教科書への不掲載を求めました。そして、長くこの話を掲載してきた光村図書の社長(当時の教科書協会会長)もそれに同調する発言をしたことから大論争が巻き起こりました。結局、その時は残りましたが、果たして現在は掲載されているのでしょうか。小学校低学年のお子さん、お孫さんがいらっしゃる方はどうぞ国語の教科書を開いて確認してみてください。


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私も教科書や絵本で読み、大好きな話でしたが、久しく忘れておりました。長じてロシア(当時ソ連)に興味を持ち、料理にもはまり、多くの露語日本語のレシピを集めてきました。そこである時、気づいたのです、それらに"かぶ"が登場しないことに。