翡翠の歌

8、何となく境遇の似ている『芋粥』の"甘葛煎"




このように新参者のジャガイモに追い出されてしまったルタバガが主役の『おおきなかぶ』を知ると、思い出されるのは今昔物語集を下敷きにした芥川龍之介の小説『芋粥』。古文の教科書で読んだ時、主人公'五位'が飽きるほど食べたいと願った芋粥はどんな芋を使ったどれほどおいしいものなのだろう、現代の甘い金時芋で作ってもそこまでおいしいかな、と食いしん坊の私は想像しました。よく考えれば、サツマイモは17世紀に伝来したのですから、原料ではありえませんが。


その後、和菓子屋で"薯蕷饅頭"なるものを見つけ、まず読み方が分からない上に材料も不明。調べたところ、薯蕷は山芋を指し、あの"芋粥"の芋だと知りました。


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ようやくこの芋粥は"薯蕷粥"(しょよかゆ)と呼ばれる平安時代に上流階級で食べられた温スイーツで、米は使わず、'山の芋'をそぎ切りにして、甘葛(あまずら)からとった甘味料'甘葛煎'(あまずらせん)で甘みをつけた汁で煮たものということを知りました。大ぶりに切りさっと煮ればシャクシャクとした食感に、薄く切ったりすり下ろしたりして煮ればもちっとした食感になります。


まず、主材料の'山の芋'からして何を指しているのか確定されていません。現代でも "山芋"の読み方は"やまいも"と"やまのいも"と二通り。更には、青果店で"山芋"を欲しいと言えば、"自然薯"か"長芋"かそれとも"大和芋"かと尋ねられるでしょう。そして、それは地方や人により異なるものを指すことが多々あります。因みに現代で"薯蕷饅頭"の材料は、長芋を使うレシピが多いようです。


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次に、もう一つの材料で、縄文時代から利用され、枕草子にも登場するものの、安土桃山時代以降、砂糖が普及して忘れ去られた'甘葛煎'の原料の甘葛も、ブドウ科ツタ属の落葉性のつる性植物"ナツヅタ"をさしているとするのが有力ですが、アマチャヅルをさす説もあり、どの植物なのか確定はされていません。


小説の舞台となった近畿・北陸地方の大学ではナツヅタ説を推し、実地研究をしています。それによりますと、ポプラのように大きな葉の先が三つに分かれて秋に紅葉し落葉するツタなら、普通にそこらに生えているものでも甘い汁は採れるようで、校内やその周辺で、糖度が最高になる1月頃に木などに絡まっている直径2〜3pや、5pを超えるツタを大量に採集し、10pほどの長さに裁断、切り口から樹液を得て、更に煮詰めると糖度が75を超える十分に甘い液になったそうです。


大量のツタから労力をかけた末にわずかに取れる甘味料は、人件費がただ同然の昔でも食べられるのは限られた人だけだったでしょう。それを飽きるほど食べたいと願った'五位'の想いと、主食のルタバガが大勢でも抜けないほど大きく育ってほしいと願ったロシアの農民の想いに共通するものを感じます。