翡翠の歌

01 Лена:はじまり




あたしは幸運だ。



孤児院は辛かったけどみんなおんなじだし、親がいるからって楽ってわけじゃない、きっと。
慰問に来た旦那様に小間使いに引き取られて、空の見える屋根裏のあったかい部屋で眠れた。
食べる物も困らなかった。
それが何よりだよね!
初めて横取りの心配なしでゆっくり食べれたんだよ。
お嬢様のためにマリーがしょっちゅうお菓子を作るから、端っことか欠けたのとかもらってね。
毎日がクリスマスって感じ!



大変だったのはフランス語。
一所懸命聞いて一所懸命真似した。
そんなたくさんの言葉はいらなかったけどね・・・だってお仕事は毎日おんなじだもん。



でも御一家がお国に帰ることになって、あたしは連れて行けないって。
フランス、行ってみたかったのに。
きれいであったかいとこだって・・・いいなあ。

仕方ないけど、またあそこへ戻されるって思ったらすっごくがっかりしちゃって。
そんなあたしを見た奥様はほんとにお情け深い方だった。
お知り合いのお知り合いに紹介してもらって、住み込みで働けるようにしてくださった。





なんてったって、ここはあのユスーポフの侯爵様だよ。
あたしでも知ってるこの国で一番の貴族様。
若奥様はとってもお美しいお姫様なの。
お屋敷は迷子になるくらい広くて、いい匂いのきれいなお部屋がたくさん、夢みたいなところ。



あたしはね、ヴェーラお嬢様の侍女になったの・・・ううん、まだ、侍女の侍女かな。
お嬢様はお屋敷のこと、全部おやりになってるから、あたしも忙しくって。
だからあの若旦那様や若奥様からご用事を言いつかることはないんだ。

ほんとによかった・・・だって若旦那様に見られただけで震えてしまうもん。
いっつも勲章のいっぱいついた軍服をお召しになって、おそばにはおんなじように怖い軍人が何人もいて。
もし失敗して怒られたら泣いちゃう・・・下手したら牢屋に入れられちゃうかも。

カーチャの話じゃ、のべつまくなし怒鳴られて乱暴されるお屋敷もあるみたい・・・ほんとにここでよかったよ。





でもさ、このお屋敷はすごく静かなんだ。
昼も薄暗いしちょっと怖い・・・。

旦那様と奥様はモスクワのお屋敷。
たまにこっちにいらっしゃるけど、やっぱりお静かな方々で・・・でも・・・旦那様は・・・若旦那様と同じで・・・お目に留まらないようにしてるの。

ヴェーラ様はあんまり外出なさらず読書がお好き、ご友人の皆様も穏やかな方ばかり。
リュドミール様はかわいいお姿なのにとってもやんちゃ、お屋敷中を駆け回っておられる、まだちっちゃいから仕方ないけどね。
お付きのオクサーナ様も大変だよ、昨日も息を切らして追いかけてさ。



でも若奥様は・・・ほとんどおられないんだ・・・若奥様なのにね。
だからって、いらっしゃると・・・あたしたちが大変なの、パーティーがお好きで・・・それもおおぜいの貴族様をお招きした夜通しの・・・。

寝不足なのかな?
それでご機嫌が悪いのかな、いっつも。
執事様はもちろん、運悪く見つかったあたしたちまで、わけもわからず怒られちゃう。
そうそう、あたし、見ちゃったんだ!
こないだなんて、あの若旦那様にも!
なにしろお姫様だからね、このお屋敷で一番えらいんだ、だあれも逆らえないの。

そうだよ・・・やっぱりお留守のほうがいいや。





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