翡翠の歌

11 恋の価値




私・・・許されないことをしてしまった。

あの人を・・・ヴェーラの恋人を売ってしまった、クラウスのために。



彼がスパイなのは間違いない、あの目つき、あの挙動、どんなに取り繕ってもわかる、幼い頃から周りにいた人たちと同じ匂い・・・ヤーン先生とも・・・。
軍や宮廷の情報を求めて侯爵家に入り込み、聞き出す相手に彼女を選んだ。

皆が寝静まってから密かに会っていた、多分、離れで。
きっと一晩中いろんな話をして・・・それが目的と気づかずに・・・。

でも私には関係のないことだった。
レオニードに教えるつもりなど少しもなかった。

身分違いの恋人たち・・。
もし父親に知られればスパイでなくても彼の命はない。
ヴェーラだって承知のはず・・・それでも愛する気持ちを抑えられなかった。

そんな彼女の想いを、私・・・。
ごめんなさい、どうしようもなかった。
クラウスが殺されてしまう、そんなこと、私、放っておけない、どんなにあなたに恨まれても。





体中が痛む。
薬のせいなのか頭も痛い。

ここはどこ?  
侯爵家ではないみたい、離れでも・・・雰囲気が異なるもの。

アンナがつきっきり・・・鞭の傷を熱心に手当てしている、痕ができるだけ残らないようにと。





数日が過ぎ、あの男がやってきた、相変わらずの仏頂面で。


「具合はどうだ?」


なぜあなたはいつもこともなげに問えるの?


「養生して早く治せ」


呆れてものも言えない、傷つけた張本人のくせに。
でもこれだけは、これだけは聞かなければ。


「・・・エフレムは?」
「撃ち殺した」


ああ!


「あの夜も私の留守を狙って離れで会っていた。まったく、どうしようもなく愚かな妹だ」
「恋を、恋をしただけでしょう?  愚かなんかじゃない!」
「恋だと?  それこそ愚かな女の考えだ。革命家に何の価値もあるものか。お前が恋人と言っていたあの男もそうだったではないか」


この人には・・・この人には何を言っても無駄・・・。
そう思うと、話すのも馬鹿馬鹿しくなって顔を背け目を瞑った。


「まあ、今回は・・・礼を言う。さすがスパイの娘だな、同業者を嗅ぎ分けるのは得意か」
「・・・」
「ともかく、早く体を治せ」


このまま・・・死のう・・・何も口にせずに。
それで償える罪ではないけれど、せめて・・・。


<第一部終わり>






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