翡翠の歌

03 目的


オルフェウスの窓 二次創作 翡翠の歌


(1)



腹立たしい。
訳もなく腹立たしい・・・あの日から。


何故この地に来た。
何故私の前に現れた・・・今更・・・。


*



目的を言わぬ、未だに。
どんなに強く問うても、口を噤んでいる。


来週には父上が戻られる。
ご報告したところ、休暇の予定を早められた。


父上は今や軍人ではない、政治家、だ。
だが私以上に容赦がない、目的の為には。


このままでは・・・何も分からぬままでは・・・あの娘は・・・。
先日は単なる脅しだったが、本当に拷問にかけられてしまう。


*



何か、見落としていることはないか?
ドイツ陸軍省情報部に入り込んでいる手の者からの報告を、今一度読み返す。


フォン・ベーリンガー家の生き残りによる復讐。
周辺で相次いだ殺人、事故、自殺、病・・・。
彼女も関わっている、少なくとも一件の殺人に。
少なくとも、だ。


あの時の表情・・・彼岸を見ていた。
そして時折垣間見せた挑戦的な光。
報告書を嘲笑っていた、その程度しか調べられないのかと。




どのように過ごしていたのだ、故郷で。
暮らし自体は・・・何不自由なかったはず、バイエルン有数の貴族だ。
アルフレートも病床ゆえに尚更、後継者を大切にしたろう。


普段はまた音楽学校に通っていたか。
聖ゼバスチアン、カトリック教会付属。
幼少の頃からパリ、ロンドン、最後にこの都に留学してきた。


しかし・・・男として生きてきた、ずっと。
アルフレートの思惑は優秀な後継者・・・諜報員を作ることだ、己の思想のために。
男としても女としても振る舞える、そんな都合のよい存在に自分の娘を・・・.
だが・・・あのような華奢な体では・・・酷だろうに。
あの手には銃ではなく鍵盤が相応しい。


ああ、そうだ、今度ピアノを与えてやるか。
音楽室は久しく使われておらぬが、傷が癒えるまでに調律してやろう。
少しは気晴らしになるだろう。
それに・・・私も聴いてみたい。


*



レーゲンスブルク・・・。
聖ゼバスチアン・・・。


どこかで・・・。
この報告書とは別のところで見た覚えがある。
どこでだったか?
少し、前だ・・・いや、一年ほど前か・・・。


いきなり雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
亡命活動家どもの動向を知らせる報告書の中で、だ。


ドイツ・レーゲンスブルクに潜伏している・・・。
聖ゼバスチアンのバイオリン科の学生として・・・。


あのバイオリン!


まさか、活動家、なのか?  お前!


*



アレクセイ・ミハイロビッチ・ミハイロフ・・・。


庶子とは言え、同じ侯爵家の生まれ。


小間使いだった母親の元で暮らし、亡くした後、引き取られた。
爵位は兄が継ぐも反逆容疑で逮捕、処刑、侯爵家は断絶。
弟は追っ手を逃れて国を離れた。


ようやくオフラーナは、ドイツに潜伏しているのを突き止めた。
聖ゼバスチアンという音楽学校の学生となって周囲の目を欺き、凝りもせず反政府活動をしていると。
国境付近まで尾行したが撒かれた・・・愚か者どもめ!  たかが若造一人に!




学校で知り合っただけか?
それ以前、この都でではあるまいな?
あの頃・・・そうだ、あの頃だ、ドミートリィ・ミハイロフの企みが露見したのは。
まさか示し合わせて・・・。


思想にかぶれたのか?
そして自分の役目を・・・話したのか?
そんな愚行をしていたとしたら、お前、命はないぞ。
私にも庇いようがない。


*     *     *     *     *



(2)



これで何回目だろう、尋問を受けるのは。
幾度でも同じ、この国に来た目的は言えない、絶対に。


きっとそのうちに拷問にかけられる。
耐えられるだろうか?
黙ったまま、死ねる?


ああ、今のうちに死ぬべき?
・・・でも、でも諦めたくない、クラウス・・・あなたを。


「まだ話す気にならぬか?」
「・・・」
「聖ゼバスチアン・・・よい学校だったか?」
「?」
「友人も多くできたか?」
「・・・」
「例えば・・・クラウス・ゾンマーシュミット・・・」


ああ! わかってしまった!
彼は両肩を強く掴み揺さぶった。


「知って・・・いるな?  偽名だと。奴は反逆者だ、逮捕状が出ている。その名を口にするのを陛下に禁じられるほどの重大な犯罪者だ」
「・・・」
「仲間なのか?  仲間になったのか?  あいつに例の件を話したのか?」
「・・・違う!  話していない!」
「本当か?」
「誰にも、誰にも話していない!  絶対に!」


彼はほっとした様子だった。
こんな言葉だけで信じたかどうかはわからなかったけれど、信じようとしているみたいだった。


「奴の思想に共感したのか?」
「・・・いいえ、思想はわかりません」
「では何だ?  あいつとの繋がりは?  帰国した奴を追って来たのだろう?  どこで待ち合わせている?  連絡方法は?」
「違います!  彼とは、クラウスとは何も関係ありません!  仲間なんかじゃありません! どこにいるかなんて知らない!」
「・・・あのバイオリンは奴の物なのか?」
「・・・」


大きな手が頬を打ち、床に叩きつけられた。
入ってきた知らない男に両手を縛られ猿轡をされ、何か液体を流し込まれた。
繰り返し・・・繰り返し・・・。
次第に周囲がかすみ、頭の中もかすんで、何も考えられなくなってきて・・・。
ああ、彼は手加減などしないだろう・・・。


ごめんなさい、クラウス・・・。


やっぱり死ぬべきだった。
勝手に追ってきたのに、あなたには迷惑なことだったのに。
連れていくって言ってくれただけで満足すべきだったのに。


ごめんなさい。


*     *     *     *     *



(3)



仲間ではない。
例の件も関係ない。
では何だ?
何故奴を追ってここまで来た?
若い娘が命をかけて何故?


思いがけぬ考えが浮かんだ、私としては"思いがけぬ考え"が・・・。
いや、若い娘と言えばそのほうが自然なのかも知れん。


恋、か?
奴に?


静かに問うた、むしろ否定の言葉を願って・・・恋人なのか?  と。
返事はなかった・・・つまりは・・・。


想定外の最悪の目的だ。




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