翡翠の歌

28 瓜二つ




私を愛しているか?
・・・ええ・・・もちろん
はっきりと返事しろ
・・・愛・・・しています
そうか・・・あの男は・・・どうだ?
え?
どうだと聞いている
・・・愛しています、でも、でもあなたのほうをもっと愛しているわ
忘れろと言ったはずだが?
できない、そんなこと!
さっさと私に乗り換えたお前に言える科白か?
・・・
所詮子どもの戯言だ。男と女など肌を合わせねば何も始まらん


違う! 違う! 違う!

ああ・・・また夢に・・・。
払っても払っても・・・。


愚かなこと聞かないで!
彼を愛していなければ、あなたに抱かれているわけがないでしょう!
あなたの命も私の命も・・・とっくになくなっている。
なのに・・・なのに・・・新しい命が・・・。


*     *     *     *     *



夕刻、視察先から直接別邸を訪れた。
『懐妊』の報せを受けていたからだ。


「どうしている?」
「それが・・・あまりお元気のないご様子で。食もお進みになりません。何より・・・あの・・・」


珍しくアンナが口籠った。


「何より?  何だ?」
「実は・・・申し上げにくいのですが、お医者様に堕して欲しいと頼まれまして」
「・・・」
「もちろんお医者様は取り合いませんでしたが」


*     *     *     *     *



夜のガラスには蝋燭の仄かな灯りに照らされて、まるで鏡のように自分の姿が映っている。
いいえ、鏡よりもずっと真実を映しているのかも知れない。

お母様?
まさか?
私?
違う!  絶対に!  私はお母様とは違う!
弱虫じゃない!  私は恋人を諦めたりしない!

そばにあった燭台を投げつけた。
香炉も水差しも手当たり次第に。

窓にはもう誰の姿も映す力はなかった。

だけど、だけど結果は同じじゃない・・・結果は・・・同じ。


*     *     *     *     *



アンナの言葉の直後、ガラスの割れる音に駆け上がり飛び込んだ。
薄闇の中、蹲って何やら呟いている彼女を抱き上げ、指図した。


「医者を呼べ。それから別に寝台を用意しろ」


寝室が整うまで長椅子で抱えていたが、体を竦めて何を話しかけても応えない。





ようやく降りてきた医者に目で問うた。


「ご安心くださいませ。奥様もお子様も別状ございません」
「うむ。夜分面倒をかけたな」
「滅相もございません」


しばしの沈黙の後、口を開いた。


「閣下。是非ともお伺いしたい儀がございます」
「何だ?」
「もしお子様をお望みでないのでしたら、早めに処置されたほうが奥様のご負担もより少ないかと存じますが?」


普通の愛人なら考慮せねばならんだろうが。


「そのような考えは一切無用だ。母子共に無事に出産を迎えられるよう尽くしてほしい」
「仰せの通りに致します」





彼女は虚ろな目をして静かに息をしていた。
その青白い額に口づけし傍らに座ると、静かに尋ねた。


「それほど私たちの子を産むのは嫌か」
「・・・気取らなくていい・・・恨んだりしないから安心して・・・今すぐ堕ろすようにお医者様に言って」
「気取る?」
「あなたが欲しいのは言いなりになる女の体・・・子どもじゃない」
「・・・そのように考えたことはない」
「やめて・・・今更・・・」
「私はお前との子が欲しいのだ」


私の言葉を全く理解できぬ表情だった・・・どこか異国の言葉を聞いているかのように。
やがて静かに話し始めた。





お母様は身籠った途端に捨てられた。働きづめに働いて、でも貧しくて。教会にも頼れずに。私が五つの時、川に身を投げて。今も覚えている。冷たい水と沈んでいく感覚を

幸か不幸か助かったところにアーレンスマイヤ家の使いが来て。でもね、別に父親らしい思いからではなかった。そろそろ後継者を考えていた時、家督は長女に、汚れ役に私を選んだだけのこと



安らぎなんかなかった。すぐに留学に出され、ずっとお母様に会えなくて。お母様もフランクフルトで館と使用人を与えられて囲われていたって

お父様は知っていたのよ。お母様を人質に取れば私は大人しく従うと・・・お母様も

頑張った。アーレンスマイヤ家の一員でいるために、お母様を奥様にするために。期待された何倍も



ほら、何だかおかしいでしょう?

私も彼を人質に取られているからあなたに逆らえない。同じでしょ、お母様と

だから、だから! 私と同じ思いをする子どもなんていらない。不幸を背負って生まれてくる子どもなんて! 人を支配して幸せに生きてきたあなたになんかわからない!





黙って聞いていた私は静かに抱き締めた。

私はアルフレートとは違う・・・お前にも子にもそのような思いはさせぬ、決して!



想いとは裏腹に、出る言葉は冷ややかだったろう。
本心を・・・告げたところでお前は信じまい。
ならば、お前の望む通りの私でいよう。
憎しみが生きる力になるのなら。


「産むのだ、お前と私の子を」
「・・・それは・・・命令なのね」


返事はしなかった。





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