翡翠の歌

番外 02 終わり、カーテンの向こうから




元侯爵夫人、マフカ・アレクサンドロヴナ・ユスーポワが、拉致しようとしたソビエトのスパイを射殺し自らも命を絶った・・・。
アメリカ全土に反共運動が巻き起こり、政府や党は対応に追われている。

計画を主導したスミノフは、この失敗で早々に収容所送りとなった。
生きて戻ることはないだろう。
そして・・・政策の中で亡命貴族への追及は優先課題ではなくなった、経済と食糧事情が混乱し国民は疲弊、戦争の足音も近づいてきているから。





マフカ様・・・。
あなたは・・・お子様を守る為にこんな芝居を打ったのですね。
侯爵とのお子様を守る為に・・・あの時お腹にいた・・・。
それにアレクセイ・ミハイロビッチ・ミハイロフが協力したのですね。

本当に・・・見事な生き方でした。
望まれた人生ではなかったのでしょうけれど。





初めてお会いした時、あなたはまだ十五でした。
ネヴァ川の突堤で暴動に巻き込まれ、侯爵に助け出された、血塗れで。
それから本邸で監禁され度々脱走を試み、私たちに連れ戻されました。

そしてあのモスクワ遠征妨害事件の時あなたを引きずって行った、拷問にかける為に。
しばらくして別邸でお見かけし、不覚にも驚きました、お年にそぐわないあまりの妖艶さに。
帝国随一の侯爵の愛人となられて、でも、お幸せそうには見えませんでした。

あの射撃の・・・ナイフの・・・腕前・・・そして、ラドガで疾走した乗馬の腕前・・・その時のお姿が今でも鮮明に思い出せます。
一斉摘発の時、侯爵にあなたの情報をお知らせしましたが、閣下は・・・私の気持ちに気づいておられました。
そして・・・記憶を失われた、と知りました。

御結婚されて・・・在スイス大使館への赴任が決まりご挨拶に伺った時、ピアノを弾いてくださった。
その調べに酔いしれると同時に、お二人のお姿に言い知れぬ感動を覚えました。
それはお幸せそうで、閣下もあなたも本当に。
そしてパリへの亡命の途中に私を思い出し頼ってくださった。
嬉しかったのです、心から。





それなのに、アメリカへの諜報工作の担当となり、それを妨害する亡命貴族としてあなたの御名を目にした時、運命の残酷さを恨んだものです。

カーネギーホールでは後ろ姿しか拝見できませんでしたが、その前には、ずっと見張っていました。
あなたは・・・ますますお美しくなられて・・・金色の髪、碧色の瞳、白い肌、少し痩せたすらっとした体、涼やかな微笑み・・・。
お子様は・・・初めてお会いした時のあなたにそっくりでした。

誘拐計画を漏らした私は、早晩、裏切り者として粛清されることを覚悟していました。
でもあなたは、私に繋がる気配を一切出さずに計画を頓挫させ、協力者を排除しました。
見事な手際を賞賛申し上げると共に、私へのご配慮に心から感謝します。

このような国でも祖国です。
外国に侵されるわけにはいきません。
これからも、私はこの祖国の為に生きていきます・・・血に塗れても。






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