翡翠の歌

22 秒読み、そして、静寂




(1)



あいつらをまいてやった。

今、俺たちはフィラデルフィアのホテルにいる。
ここを着火点にするのが俺たちの計画には最も相応しいだろう、ほどほどの保守、ほどほどのインテリ、アメリカの正義・・・。
この三ヶ月、選びに選んだ最期の舞台だ。


「あと二時間、だな・・・」


そうは言ってもあいつらもそこまで無能ではないだろう、見つけ出されたり、エヴァたちに矛先が向いても厄介だ。
それに、朝一番の号外になるにはあと二時間、これが丁度いい頃合いだ。


「何を・・・する?」


ブルネットの鬘を取り、輝く金髪を解放させたユリアに問うた、答えはわかっているが、こいつに言わせたかった。


「・・・私に・・・言わせるの?」
「・・・ピアノでも弾くか?」
「意地悪!」





再会して初めての、そして最後の、隣で聞き耳を立てている奴らのいない交わり。
今更ながらお前に溺れてしまいそうだ。


「結局、俺たちは出会ってから、どれだけ一緒にいられたんだろうな? レーゲンスブルクで・・・サンクト・ペテルブルクで・・・そしてここで・・・」


何だ、あいつの半分にも満たないじゃないか!
慎重に繰り返し足し直しても結果は同じだ、あの野郎!


「妬いているの?」


お前はいつも見透かす。


「そうね・・・あの八年、いろいろあったけれど、でも今思えば、ね・・・ひどいことばかりでもなかった。そう、あなたは知らないけれど、レオニードのあの黒い瞳の冷たい鎧の向こうには、優しくて熱い光が隠されていた。それはこの世で私しか見ることができなかった光。とっても不器用で・・・あら、女の体の扱いについてじゃないわよ!  私があなたを諦めないから、よく意地悪された・・・」


お前が懐かしそうにあいつを想って遠くを見るもんだから、つい乱暴に口づけしてしまった。


「ほら、そんな感じ、一緒ね、男なんて・・・」
「こいつ!」
「だって、あなたが最初に意地悪言ったんじゃない!  お返しよ!」





こいつだけでも救えないか?
俺だけで十分じゃないか?

幾度となくそう考え、幾度となく言ったが、翻意しなかった。
・・・エヴァの為、だけではないような気がする、お前は否定するだろうが。

どこか、この世から解放されたいような・・・俺と一緒に。

俺を撃たせ、自身も撃たせる。
惨いことだ。
だがお前は事もなげに言う。


「大丈夫! 人殺しは得意だからまかせて!  刺殺も毒殺も射殺も経験済み。それと自殺もね。ああ、でもあの時は先に撃たれて失敗しちゃったけれど!」


終わらせてやろう、そんな人生を。
それがお前の望みなんだな。


*     *     *     *     *



(2)



私はショールを羽織っただけでベッドに座っている。
服を着た彼は扉をわずかに開けて戻り、サイドテーブルを挟んで正面に立った。
私の碧色の瞳を見ている彼の瞳・・・やっぱり、キュンってなる。

撃鉄を上げ、胸を狙った。
軍用だから遠慮のない音を響かせ、すぐに大勢が駆けつけるだろう。


オルフェウスの窓、見ている?
これが、あなたの引き合わせた恋人たちに用意した運命なのね。


「向こうで待っている」
「すぐに行くわ」


二発撃った。
彼は無言で崩れ落ちた。
射撃は・・・得意よ・・・苦しくなかったでしょう?

私はショールを床に落とし、今度は失敗しないように、こめかみにしっかりと当て、一気に押し引いた。



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