17 報恩、愛のために
「侯爵を・・・愛していたんだな?」
「そんなこと答えさせて、嫉妬に悶えたいの? 悪趣味ね」
「・・・すまない、どうしても確かめたいんだ。確かめて、決めたいことがあるんだ」
「・・・ええ、愛していたわ、いえ、愛している、今でも・・・。ごめんなさい、アレクセイ。あの摘発後の四年、記憶をなくしていた四年が変えてしまったの、私を・・・いいえ、気づかせてくれたの。レオニードは本当に私のことを愛してくれた。表現は本当に下手だったけれど、乱暴で怖かった時もあったけれど、でも愛してくれたの、心から。そして守ってくれたの、自分の立場を危うくしてでも・・・」
「謝ることはないさ、謝ってほしいわけじゃない。あいつがいたからお前は生きてこられたんだ、マリアも・・・。あいつが手を尽くしてくれたからこそ。これは変えようのない事実だ、俺だってわかっている」
「アレクセイ・・・本当にごめんなさい」
「いいんだ・・・謝らないでくれ・・・俺は俺が情けないんだ・・・」
*
俺は・・・考えに考えた。
春先に・・・党の指令を受けこの国にやってきた。
すでに同志が見張っているお前の屋敷を見た時、黄金色の花で覆われた大きな木が否応なく目に入ってきた。
まるで・・・俺に、自分はここだと伝えているかのように咲き誇っていたあの花・・・俺が生きていると信じ、自分のところへ来ると信じ諦めないお前の心のようだった。
嬉しかったぜ。
もう四半世紀も前のあのミュンヘンのことを・・・お前もまだ忘れていないんだな。
黙って去った俺を必死に追いかけてきた。
そのお前を俺は・・・騙して・・・置き去りにしたんだ、お前の為に・・・。
だがお前には言い訳に過ぎん。
結婚してから聞いた、その頃の辛い暮らし・・・命も危うい。
そんな中に残した俺を・・・サンクト・ペテルブルクでも救えなかった俺を・・・ユリアは今でも愛してくれている。
そして同じだけ、そうだ、同じだけ、レオニード・フェリクソヴィチ・ユスーポフ侯爵を・・・今も。
俺たちの子ども、マリアを愛している、育てることは叶わなかったけれども。
そして同じだけ、エヴァも愛している、侯爵の忘れ形見を。
侯爵はユリアとマリアを守ってくれた、命と名誉をかけて。
それならば・・・俺が取る行動はただ一つだ。
*
「ニースに・・・行かないか?」
唐突にこう言えば伝わるだろう、俺がお前の前に現れた本当の目的が何か。
いや、お前にはもうわかっているんだろう?
思い返せば、ひと月前に再会してから、お前は俺に警戒心を抱いているようには見せなかった。
昔のことは語り合っても自分の近況は話しても、俺のにはまるで興味がないようだった。
党からの情報によれば、アメリカ政府に協力し党の計画を幾度も潰してきたという。
そんなお前が自分の欲望のままに、まるで無防備に俺に抱かれているなんてことは考えられない。
「ニースへ行かないか?」
繰り返すと、俯いていたお前は、ついにこの時が来てしまった、とでも言うような目で俺を見上げた。
「素敵ね、ニース」
「行くか?」
「いつ?」
「夏が、いいだろう?」
「そうね、夏・・・夏までに・・・」
*
奴から写真が届いた・・・友人たちと談笑するエヴァの。
せっかちな奴だ。
半年以内ってのが命令だろ?
わかっているさ、俺には選択の余地などないことは。
お前の嫌いな貴族の誇りにかけて、逃げも隠れもしない・・・やり遂げてやるよ。
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