11 照準
潜入している同志から許可を求める連絡があった。
そのつもりはない・・・マフカ・アレクサンドロヴナ・ユスーポワ侯爵夫人の誘拐など。
あれこれ理由をつけては遅らせている。
しかし、いずれ限界が訪れるだろう。
このままでは不信感を抱いた上層部が私を更迭、粛清し、後任に実行させるに違いない。
どうすべきなのだ。
*
亡命を想定しての隠し財産だったのだ、侯爵夫妻の秘密は。
夫人がドイツ・帝国銀行の口座を父親から引き継ぎ、そのロシア側がユスーポフ侯爵家だったのだ。
秘密を守り通し、あの後、キリル大公にお渡しした。
あんな少女が・・・今更ながら驚くべきことだ。
だが、思い返せば、言葉も乗馬も射撃も・・・ナイフ使いも本当に達者だった。
あの時、ロストフスキーと飛び込んだ部屋で銃口を向けていた彼女。
薄暗い部屋で賊を射殺した腕前なら、負傷している侯爵は造作もなかっただろう。
だが彼女はそうはしなかった。
自分の役目の為、だったのか?
そして結局そのことが、図らずも彼女を恋人に再会させた・・・命を賭けて追ってきたあの男に。
*
先日、そのアレクセイ・ミハイロフに会った。
皮肉なものだ。
長年、取り締まりの対象にしてきた男と共に仕事をするとは。
同志アレクセイは妻がアメリカで生きていることを知らない、侯爵に助けられたことを。
だが、教えるつもりは・・・ない。
知ったところで、どうなると言うのだ。
彼だろうと誰だろうと、自分の意志での出国などできないのだから。
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