03 三つの贈り物
まあ、あいつお得意の暗号を組まなかっただけ、よしとするか。
子が・・・子が授かった、授かっていたのだ。
過去を考えると、とても望めぬことだったが。
そうだな・・・もしあの子が生まれていれば、もう七つか。
あの時は本当に苦しかった。
お前を苦しめ騙し続けてきた罰が一度に下された、無辜の命を奪うという形で。
生まれていれば・・・私は父として振る舞えたろうか。
子を相手にするなど想像もつかぬが、間違いなく可愛がったことだろう、私は自身の新たな一面をまた知ったのかもしれぬ。
*
一年後・・・おそらく私はこの世にはおらぬ、残念だが仕方のないことだ。
だが彼女は子を守る、守り切る。
あいつは本当に利口だ、度胸もある、そして諦めない。
あの無謀さは問題だが、それがなければ私とも出会わなかったか・・・。
無事に産んでくれ。
異国の地で不安ばかりだろうが、ヴェーラ、頼む、妻を、私たちの子を。
* * * * *
名、か。
何がよい?
代々のから選ぶか・・・それが伝統だが。
いや、我が国の外で生きていくのだ、ロシアの名では不都合もあるだろう。
となると、難しい、な。
取り敢えずフランスに行ったが、最終的にはアメリカに落ち着くのがよいだろうと話しておいた。
では英語か?
イギリス王室は陛下の亡命を断ったと聞いた、親戚筋であるのに。
その国の名というのも、何かしゃくだな。
特定の国のものでないとすると・・・ラテン語?
そうだな、それならどこでも通じそうだ。
*
まず、意味、か。
男ならば・・・やはり、強くたくましい英雄から取りたいものだ。
これからの動乱を生きていくには、な。
母を守ってもらわねば困る、私の代わりに。
欲を言えば私の名も活かしたい、子を見守れるように。
英雄・・・獅子・・・。
女ならば・・・これは難しいぞ。
お前以外の名など浮かばぬ。
マフカ・・・森の精・・・だが、死んだ女という意味だ。
偽名とは言え、どのようなつもりでアルフレートは付けたのだ。
そうなのだ、今思えば本名で呼ぶべきだったな・・・ユリア・・・光輝く者。
まさにお前に相応しい、よい名だ。
あの男はお前をずっとそう呼んでいたのだろう?
まったく、私はまだ嫉妬しているのか、あの男に。
もはや決して手の届かないところへやったというのに。
お前の命を救ったのは私だ、奴ではない・・・あの突堤での暴動からも摘発からも。
だが、私もお前に助けられた、あの看護婦の刃からも守ってくれた・・・どのようなつもりでかはともかくな。
そして奴も・・・お前がいたから死刑からも死の監獄からも救われた、子の命も、だ。
それにしても・・・皮肉なものだ。
その男の娘と異父兄弟となるわけだ。
運命だな。
お前を中心にした、命の絡まる運命。
そうやって新しい命に受け継がれていくのだ、国はどう変わろうとも。
命・・・生きる者・・・。
* * * * *
クーデターは未遂に終わった。
一歩、出遅れた・・・わずか数時間の差だった。
民衆でもなく奴らでもない、兵の反乱が引き金とは、空しさがこみ上げる。
新たな計画を進めている今日、カレンが別れの挨拶に来た。
皇太后様とアレクサンドラ・・・そして鍵の待つイギリスへ行くという。
途中パリに寄って渡してほしいと頼んだ。
私からの最後の・・・贈り物。
無事に届くことを祈ろう。
この・・・手紙と共に。
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