翡翠の歌

01 引き返せない道




ヴェーラと密通していたエフレムを射殺し、背後を洗い一味を逮捕したが、怒りは収まらぬ。
誰へでもない、自分への怒りだ。

何故気づかなかった。

その上、見当外れな疑いを懸け、痛めつけてしまった。
鍵の在り処についてですら拷問に反対したと言うに。



・・・ヴェーラを庇い、黙ったまま死のうとした。
"恋人たち"と言うものを守ろうとしたのかも知れぬ。
奴の話を出さなければ、あのまま・・・。

あの屋敷、あの夕陽が望める・・・今そこに横たわっている。
台無しにしてしまったのだ、この私が、私自身が。


*     *     *     *     *



「食事を?」
「はい、どうお勧めしてもお召し上がりにならないのです。お薬も口を閉ざしてしまわれて。お医者様はこれでは長くはもたないとおっしゃって」


死ぬつもりだ。

監禁生活への絶望か、ヴェーラへの償いか・・・。
心だけを奴の元に届けようとしているのか・・・。

苦しそうに浅い呼吸をし、白い肌がますます白く、金色の髪は力なく天使を包んでいる。
額にかかった数筋を手で除けると私を見た。
碧い瞳はまるで森の奥の湖のように深く、魂を引き込まれる。

あの日、人生で初めて手に入れたいと無性に思った異国の少女。
父上に願い出るなどできるはずもない、永遠に叶わぬ想いだったのに、今、こうして私の手の中に。
天の配剤・・・それを自分の愚かしさの為に失おうとしている。


「監獄にもいろいろあってな」
「?」
「死刑になっていたほうがよかったと思えるところも多い・・・奴の収監先はその一つ・・・いや、最たる・・・地獄、だ」


何を言い出したのか訝し気に見る彼女に畳みかけた。


「終身刑とは老いるまで生かしてやろうと言う刑ではないぞ。このままなら数年の命だろう。重い労役や最低限の食事、看守の暴行、凍てつく冬、劣悪な衛生状態・・・どんな屈強な者も長生きなどできはせぬ。だが・・・」


敵は利用するもの。


「だが、私が働きかけて、ましな監獄に替えてやることもできる。お前次第だ」
「私?」


ほとんど聞き取れぬ声・・・再びあの澄んだソプラノを聞く為になら敵にも縋ろう。


「そうだ。食事をとり治療を受け元気になれ。死ぬことは許さぬ。・・・どうだ?」



アンナの手からスープを口にする姿を見ながら、自分の情けなさを痛感していた。
あの男を引き合いに出さねば彼女を動かせぬ。
奴の為になら何でもするだろう。
そんなにも一途に愛されているあいつが憎い。





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