翡翠の歌

11 業火




ロシア語。
忘れてしまいそう、このままでは・・・ドイツ語すらも。
アンナったら、私に聞こえるところでは決して話さない。
本当に忠義者。

誰からも何からも得られないのなら自分でやるしかない。
少しずつ思い出しては紙に書きとめている。
いろんな単語、いろんな文章。
どんなことでもいい、ともかく残しておかないと。

小さい時からやっているからそれなりに身についてはいるけれど、やはり言葉は使わないと錆びついてしまう。
翻訳していても時々思い出せないし、元々覚えていない単語もある。
だけど・・・外に出たら・・・書物の文章ではなく淀みなく会話できなくては駄目・・・それも庶民の言葉を・・・怪しまれるもの。


あ?


いきなり入ってきた。
まだ昼間・・・。
もううんざり、いい加減にしてほしい・・・節操と言うものがないのかしら、この男には。


「熱心だな、勉強か?」
「・・・」


近づいてきて、顔色が変わった、たぶん。


「ロシア語を使うなと言ったはずだ」
「話してなんかいない。ただ思い出して書いているだけ」


手首を掴まれ床に叩きつけられた。
そこへ机に重ねていた紙も・・・。


「口ごたえするな、私の命令は絶対だ!」


かき集めようとした手を冷たい軍靴で踏みつけられた。
指が砕けそうなほど痛い。
どうして・・・ここまで・・・。


「全て燃やせ」


仕方なく・・・暖炉に焼べた。
ぱっと明るく一瞬で消えていく、数カ月の努力が。
でも・・・涙はもう出ない。

灰の山を見ているとすぐ背後から声がした。
聞き間違えかと思った、いいえ、聞き間違えであってと。


「脱げ」


自分の命令は絶対だと、こんなことで分からせたい・・・本当に・・・子どもみたい。
抗う気持ちにもなれず従った。
踏みつけられた甲から血が滲み出て思うように動かない指先で、背を向けたまま急いだ。

どんな表情をしているのだろう。
好色な薄笑い?
いつもの、無表情?

隣の部屋にはきっといる・・・聞かせるつもり、ね、私の声を、また・・・あの男に。

どこまで下劣なの、この男は。
身分の高さと品性は関係ない・・・幼い頃は分からなかった。
身分の高い方々は高潔なのだと思っていた。



彼は床に落ちた衣服を暖炉に放り込んだ。
立ち込めたこの匂い・・・記憶にある。
ヤーン先生を殺して・・・目が覚めた時、お母様が燃やしていた、こんなふうに、聖書や衣服を。

聖書・・・。

ああそうだ、もうとっくに地獄に落ちていたのだ、私は。
この男にお似合い・・・。





歯を食いしばって声を上げないように頑張ったけれど、結局は駄目だった。



お母様。
お母様もお父様からこんな扱いをされた?
あのお父様から?

いいえ、そんなことはない、きっと。
お母様はそれでも・・・私を授かったのだもの、愛し愛されていたに違いない、一時は。



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