翡翠の歌

07 想う




(1)



アンナが呼びに来た・・・レーナでは駄目だと言うかのように。

誰でも同じ!
愛人になんてなるものか!
陛下への忠誠とは全く別の話!
抱きたいのなら自分でここに来ればいい!
私が迎えに行くなんてありえない!
汚らわしい男!
どんなに乱暴されても構わない、従うよりはまし!

何とか連れ出そうと手首を掴み、私も振りほどこうと争うところに、下がっていろ、と近づいて来た。

またこの冷たい床で穢すならすればいい、私に恥ずべきところなどありはしない、そう思いながら睨みつけると案の定、アンナに強く掴まれてもう感覚もない手首をそれ以上の力で掴んで投げ捨てた。


「何故、無駄なことをする?」
「・・・無駄?  無駄って?」
「どうあってもお前は私に従わねばならぬ、どのような命令でも。ならば痛い思いをせずに始めから素直に従え。それが利口というものだ」


・・・変ね・・・笑いがこみ上げてきて・・・そして呟いた。


「・・・利口だったら・・・私、こんなところにいない・・・」


どう思ったかはわからない、呆れたのか憐れんだのか、その両方か・・・。
何も言わずに立たせ、髪を撫でつけ衣装を整え、手を取り晩餐室に向かった。



それからは迎えに出なくても何もされなくなった。
アンナたちも言われたのだろう、黙っている。

つまらない、些細な勝利。
彼から与えられた草の冠に満足するのも嫌だったけれど。


*     *     *     *     *



(2)



あの頃の私には・・・わからなかった。
澄み切った夜空に満月がどれほど明るく輝いても、太陽には・・・例え雪雲に覆われていたとしても、決して敵わぬと言うことが。
何より・・・月は・・・太陽なくしては輝けぬ事実が。





あの男、あの反逆者・・・奴よりずっと早く知っている。
負う役目も、これまでの人生も秘密も共有している。
何より、我が侯爵家とアーレンスマイヤ家は二代も前から縁があるのだ、国を越えて。

あの日、夕刻・・・偶然見つけたお前の姿。
神が与えたもうた運命と思った。
まだ奴に囚われておらぬ心・・・あの時、もし望んでいたら、お前は私だけを見るようになっていたのか?



何故、あいつがお前の心をこれほどまでに占めているのだ?
何故、奴を想うだけでお前の瞳は強く碧く輝くのだ?

一年足らずのはずだ、時が重なったのは・・・それも、役目や生い立ちを話せるわけもない、互いに。
そして・・・抱いていなかった・・・お前はまだ少女でも、あの男は・・・。

何故・・・命と役目を捨ててこの国に来た?
何の約束もしておらぬなら、何故?



屋敷で会わせた時、言った言葉、いや、私が言わせた言葉。
ただの知り合い・・・ではないとあの眼が叫んでいた。

奴は天使の為に・・・。

それを私もあいつも、そして彼女も知っている。
だが私だけが・・・その言の葉に縋っている。





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