翡翠の歌

02 親色の子




クラウスを"ましな監獄"へ移す代わりに、食事を摂り治療を受けることにした。
監獄にそんな区別があるのか本当のところは私にはわからないけれど、彼が言うのなら仕方がない。


*     *     *     *     *



やがて夏に入り、ようやく居間で一日過ごせるまで回復した。

ここはどこなのだろう。

気を失ったまま連れてこられた。
ヴェーラやリュドミールのいる様子はないし・・・侯爵家のほかのお屋敷?
サンクト・ペテルブルク?





私に許されたのはピアノのある居間、寝室、図書室だけだけれど、食事にはその都度わざわざ専用の部屋に行く。
少しは歩かないと、と言うのが理由らしい。
アンナとレーナに挟まれて強制的に連れられる。
朝餐室、午餐室、晩餐室・・・それぞれに相応しい内装で・・・少し古い感じ。

行き帰りにあちこち視線を移すと、結構大きなお屋敷だとわかる。
でも数人の使用人以外の気配は感じない。
彼女たちは私だけに仕えているよう。

そこかしこの扉や窓には鍵が掛けられている。
いちいち手で確かめなくても鎖鍵だもの、一目瞭然。
美しいお屋敷だけれど・・・監獄なんだ、ここは。

皇室の秘密を知る私、鍵の在り処を言わない私。
監禁するよう御命令を受けたとか。



ここでずっと・・・死ぬまで暮らすの?
私、まだ十八・・・なのに。





こんなことになるのなら・・・先生に殺されればよかった。
雨の中、騙されて連れ出され、もしクラウスが来てくれなかったら私は・・・。
それでも・・・今思えば、それでよかった。
こんなところであと何十年も生きていかなくてはならないのなら、あの時に。





私たちを狙った・・・それは・・・本当に彼自身の意志だったの?
校長先生に植えつけられたのでは?
私のように。

可哀想なヴィルクリヒ先生。
初恋の人は仇の囲われ者で、黙って姿を消してしまった。
再会した時は、殺す時。

お母様は、復讐をやめて私を助けてとお願いしに行ったのだろうけれど、言う前に殺されたのか、それとも・・・。
いいえ、きっと・・・信じよう、そう思おう・・・先生は気づかないまま突き落としたと。
だってゲオルクス・ターラーを大切にしていたじゃない、ずっと独身で。
崩れる前に先生も飛び降りた、恋人を追って・・・そう・・・思おう。





皮肉なもの、運命って。
もし復讐のためにあの街にいなければお母様とは出会わなかった。
そして校長先生があそこまで完遂を望まなければ、二人はもしかしたら・・・。



娘を愛した校長先生。
でも・・・私たち皆に復讐しなくてもよかったじゃない?
お父様だけ、お父様だけを狙えば。
だって私たち、お父様のなさった過去など知らなかった、止めようもなかったのだから。
それなのにどうして?
あなたの娘は・・・息子のあんな末路を望んだ?





お父様は?
娘が、私がこうなることを望んだ?

アーレンスマイヤ家がめちゃくちゃになったのは、お父様のおやりになったことが原因。
あの一家を殺さなければ・・・ロシアと通じなければ・・・いいえ、お母様を囲わなければ・・・。
そうしたら・・・私は生まれてこなくて済んだのに・・・お姉様の替わりに引き取られもしなかった。
ここに・・・こんなところに囚われる人生もなかった。
苦しむ必要なんか、なかったのに。





アネロッテ姉様だって・・・。
妾腹どころか血の繋がらない不義の子だった。
でもそれはお姉様には罪のないこと。
もしそのまま娘として育てていれば、財産の横取りなんて考えつかなかったのかも知れない。
放逐しようとしなければ、お父様だって殺されなかったのでは?


そしていよいよと言う時には相手と一緒に服毒して苦しみをともにしてあげる。被害者になりすますことが一番安全な逃げ道だと言うわけよ。あら、伯爵に教わらなかったの?


お姉様・・・アネロッテ姉様・・・あなたをあんなふうにしたのは・・・。





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